アウトプット

相手の視点に立ってみよう

授業をさぼって、今ここに

社民党

 支持されない社民党であるが、その理念は「格差のない平和な社会」らしい。(hpより)「平和」という一貫した理念に純粋さを感じる。いつどんなときだって平和を希求する。憲法の趣旨のひとつである「平和」を希求する信念は、混じり気ない清純さを醸し出させている。(必ずしも容姿が純真な女学生にはみえないことは承知だが)

 おそらく、平和>自由 平和>経済 という構図を描いているのかもしれない。もちろん自由も経済も平和にとっては不可欠な前提であるが。平和を尊ぶ気負いは感じられる。

 なかには、空想的平和だと揶揄されることもある。現実感覚がないと。では、あなたたちの言う現実感覚ってなんなんだ?イデオロギーなしの現実感覚なんてありえない。だれもが、同じような現実感覚を持つことはありえないという人間真理を理解していない方が「現実感覚」がないやつだなという感じがしない訳でもない。

 政治的努力をしていないという揶揄もあった。根回し、テレビで洗脳、共通の敵を見いだし共に叩くことで一体感を感じさせ、支持を得る。そういう陰湿なやり方を政治的努力と言い放ち正当化する腐った根性を、白日の太陽に照らし出し天照大神に会わせてみたいものだ。(社民党の党首福島瑞穂天照大神の岩戸があるとされる高千穂を有する宮崎県の出身だからかけてみた)

  

平和

 平和とはなにか。戦争をしないことが平和なのか。だとしたら、今、日本は平和である。そして、今の時代にこそ平和の尊さを失いつつあるのはしょうがないことだろう。

 平和ボケしているのが社民党などの「平和な時勢において、平和を希求している者」へと浴びせる思考回路こそ平和ボケな考えではないだろうか。

 平和とは、平和を求める気持ちがなければ続かないだろう。日本人はそもそも争いが嫌いなのである。物事を曖昧にすませる。白黒つけない。トラブルで明確に勝ち負けをつけないことを好む方向性を持っているではないか。日本人は平和ボケなのではなく、平和を身にしみて実感していて、それが日常生活でも当たり前で、戦争や争いを好まない民族なのである。 

 と同時に、日本人はお上の命令に従うことをかっこいいとするので、お上が戦争を始めれば忠をつくすとかいって戦争をなんのためらいもなく起こした経緯もあるのは確かだ。

一言に平和好きだから戦争をしないというわけではないということ。

 

右翼的思考

 救いようがないし、近寄りたくない。まともにはたらけ。そして、その金がないあまりに歪んだ根性で日本を動かそうとするその心意気が日本を腐らせていることに気づくべきだろう。

  原子力爆弾を落としたアメリカにたいして日本人が文句を言わないことをあたかも美徳とし、その価値観を隣国に押し付ける態度ははなはだ自己中心的態度と言わざる終えない。 

 そもそも原子力爆弾を落とされて何も言えない日本人が情けないと思われる。自主独立する気があるなら、自分たちの痛いところも誠実に認めるべきであるし、それを認めたことで隣国からとやかく言われることがあったら、その点はすまんかったとかいってそれでも、お前は許さんとか言われたら、バカな奴だと相手にしなければいいものを(そもそも誰かこの問題で隣国から罵倒を浴びせられた奴いるのか?ネットの過激な記事でしかないだろ?そこがバーチャルなんだよな。ほんとゲームのし過ぎだろ)

 現実をしらねえのはどっちだよ。いつまでもかっこつけてんじゃねえぞって言いたくなる。

 

やましさ

 シンプルに、我々日本人がアメリカに原爆についての賠償を求めたら、それは韓国からの侵略とか慰安婦とかの賠償を受けることを正当化することだという考えや気持ちがあるのだろう。

 だから、韓国からのうざい賠償を否定するのに、まず韓国はインフラ整備してやって発展したんじゃんとか、生活が豊かになったじゃんってのを持ち出す。経済ですなあ。たしかに、日本もアメリカのおかげで生活がよくなったもんね。

 原爆で死んだ人の気持ちなんて考えるのは、自分たちが生命より経済を優先している心のやましさの象徴であろう。原爆ドームなんてそういう目に映るんだろう。歪んだ根性。隣国とそうかわらんよ。