心に浮かぶ景色を超える美しさを君は見出せない
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心に浮かぶ景色を超える美しさを君は見出せない |
わたしの心のなかのふるさとはとても美化されていて、早く帰りたくてしょうがない。東京なんて居酒屋ばっかりじゃないか。つまらない見世物なんてたまにみればいいんだ。人にも飽き飽きしてくる。よそよそしくて、傲慢で。
わかる。そうでもならないと、傲慢冷徹にでもならないと、こんな人口の爆発したような場所では生きていけない、ストレスなしでは、ある種の自己防衛作用なのはわかる。そこまで無理しても惰性ですみ続けなくてはいけないこともなかろうに。
なにが楽しくて、こんなとこで生きてるんだろ。ステータスはあるけれども。おれはとうきょーのカイシャで働いてるんだってつまらないステータス。じぶんのプライドを委ねる。矛先は、東京以外の人たちに向けて。あゝつまらない。
わたしは本当になにがしたいのかな。宮崎に帰って、人がいないとこにいってお酒のみながら、歌を詠みながら、愛する人の庇護のもと、たまには、傘になってあげ、ふたりで幸せなときをら送りたい。
近所の人とも交流を持ち…隣の家は数十メートルとなりである。相当な田舎である。東京でも、隣の部屋の住人を空気だとしたら、三キロ先にすんでる友人を近所の人と言えようが…。
まあ、隣の人は誰だっていいよ。
わたしが好きなのは、棚田のある景色。宮崎から霧島神社に向かう道中にある棚田が夕日を浴びてオレンジ色に染まっているのを見たとき、それはそれは美しい、バルト海の青もアマゾンの緑色も足元に及ばな神秘的なものだった。美しい幻を浴びてるようだった。
あの世界に堕ちてゆけたら…。
わかる。無闇矢鱈に友達を作って短い休息のときを楽しく過ごすのが効率的だというのはわかるのだが、しかし…!
ネットがうらめしい。あんなもの、いらないと何故誰もいわないのだ。
ネットがなくても、人々の生活は成り立つだろうに。