ぼくがいつも車に乗るときは、いつも隣に携帯をおいている

 僕だって人間だ。セックスもすればうんこもする。どうしてもしてしまうんだ。二ゲンンの定義を今僕に言わせてしまったら皆僕の話を聞かなくなってしまうだろう。抑圧会ってこその勉強である。抑圧と仲良くしようという表現はjapanese styleそのものだろうけれども。 

 私の横には誰もいない。この記事を書いている僕は英語の勉強をしていることに終始する僕でもあるのだ。でも、身に付かない。未だ若いのに。といいながら、落ち込むこともない。身に付いていないなんて思ってもいないからだし、そして、若くもないからである。言葉の世界に自由を!どう動けばいいのか知らないけれど、どう動くべきかは知っている。やめることだ。

 いつだって、彼女は僕の気持ちに気づいてくれないんだ、でも、それでかまわないんて僕は思っちゃったりするんだ。僕たちは勘違いをしながら互いに愛を深めていくのである。愛することが愛なんだ。いつだって、僕は愛することができるか。いつだってと問われればそれは無理だろう、でもそれが君のことを嫌いだというわけじゃないことも君がわかってくれたらいいのだけれども、愛は勘違いしながら深めていったり浅くなっていったりの浮き沈みをはじめる、それに説得をこころをみてみるのが僕だったのだ。でも、そんな僕は今雨の中車の中で文章を書いている。嘘だけれども。そうだ、嘘をつこう。美しい嘘を。僕は君のことが嫌いだ。本当に嫌いなんだ。君のsmileはぼくの目の中に暴力的な印象を植え付けちゃうんだ。僕は幼稚園生になるよ。僕は誰だ。君に僕のことをわかってもらおうだなんて思ってもいない。池波正太郎のオニヘイハンカチョウがせめてもの救いなのだ。

 僕たちは生きているのか?主義主張に絡まれて言葉を遮られていないだろうか。金に言葉を売っていないだろうか。言霊信仰はお金を超えるのだろうか。ビートルズはいつでも復活するんじゃないかな。僕たちは君に意見を伝えるつもりは全くないんだよ。そうだよ、僕は君と暮らしたいんだ。君と暮らしながら好きなことをして暮らしても生きたいんだ。なんて贅沢な、なんて贅沢な、なんて贅沢な。love is all you need? love is all you need? 僕はどこに行ってしまったの?習慣が僕の考えを変える、考えが僕の行動をかえる。そして、僕は変わり続けていくのだろうか。お腹が減ると大変だ。テレビは退屈だ。コメディも笑えるけれど、笑わないようにしている。習慣になるから。

 テレビは私たちの感性をぶち壊し、つまらない論点に人々を導き、大切なことから目をそらせる。視聴者を欺いて欺いて欺いて、僕は彼らをみてほくそ笑み、そして、悲しむ。みんなおんなじ顔してる、リスク?risk dangerou poor poor poor 君たちの目が、数字のゼロにみえてきたよ。