僕は一体この葉で何が出来るのだろうか

 愚問をあえて呈してみたところに私の焦燥感が垣間みられる事だろう。大学をしばらく卒業できる見込みがない事は確かなのに、はやく家庭をもち彼女と暮らしたいという世俗的通俗的な生活を夢見ている。私は一人っ子だから分からないのだ。家庭についてどうあるべきかについて。べき論はぼくにはむいていない。べき論はなくてもべき論への反抗はあるかもしれない。何もない事がいちばんいい事なのかもしれない。まっさらな気持ちで彼女と話す。何の感情も底にはなくただ描写するにすぎないのだ。私の近くは読書生活を通して確実に養われていく性質のもだから。

 ぼくはたぶん、捕まえる事の出来ない風であることを忘れているんだ。僕自身がだよ。だから必死につかもうとするけれども突き抜けてしまう。ついに相手に触れる事はなかった。私なんて人間は死んだ方が大いにマシだと思っている。大いにマシである。無駄に長く生きるよりかは。そしてこの今一瞬のこの時間を私の探究の為に言語表現としての葉の利用を占有しはじめている最中なのである。