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何も書かない

 私の文章が物事を切り裂く刃物だとしたら、私は切り裂かれるものに愛着と情けを持って今なれ合っている。社会の馴れ合い習慣が私の刃物に同情を強いてくる。物のまわりにはいろんな人達の顔がある。私を怪訝な目で見るもの達。私は社会的に生きる為に自分のナイフを鞘に納めた人達の多数いる事を考慮しなくちゃならない。社会に矛盾がないと思っているのは、社会で責務を負った事のない人間が服従する社会にもつ弱みである。相手の弱みを出しに自分を語るってのはどこか醜悪である。相手の失敗を笑うという事には優しさがあるけれども、相手の失敗や矛盾にかこつけて自らの正義を語るというのは実に情けない男のする事だ。男は思いやりの社会だと三島由紀夫は言った。矛盾する社会で弱みを露呈する男への思いやりなくして果たして相手の不正に乗じて自らの正義を振り回す事になんの意味があるのか。私が負けてはならないのは、相手が幸福を願えば同じように幸福を願うという責務である。相手の言葉を尊重する事しか私には出来ない。きいてあげることしかできない。何かものを言えば私は相手に関与してしまう。私は相手に関与してほしくないのだ。しかし、関与される事で私から離れ一人歩きする私の分身を私は喜ばしく思えるから私は教えるのに向いているのかもしれない。