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水梨亜梨沙

 水梨亜梨沙は高園翼にぞっこんである。彼は大金持ちで身なりはこざっぱりとしたスーツ姿。彼の靴はいつでもピカピカで、すらっと長い足が彼の自慢でもあった。私から言わせればこんな男を愛する女はおそらくは彼自身を愛してなどおらず彼の醸し出す金銭の錆臭い香りを好んでいるのだと断言しないわけにはいかなかった。

 ある日彼が黒いポルシェで彼女のマンションの前に停まった。彼女はあわてて化粧を終え、彼のポルシェの助手席に身をおさめた。ポルシェの助手席から観た東京の景観はどうであったろう。まるで白馬の王子様とお城の中を練り歩くパレードに違いなかった。彼女はうっとりと自分の境遇を楽しんだ。信号待ちで一人の老婆がこちらを振り向くも、そのしょぼくれた目はすぐ前をむいた。亜梨沙はいやな予感がした、いずれ私もあの老婆のように見にくい姿になるのだと思うと。やっぱり亜梨沙も死にたくなったのだ。腰の曲がる前に。

 高園翼は彼女と結婚するつもりでいた。彼女の家も問題ないし何より容姿が彼には抜群に好みだったのだ。大きな瞳に柔和な笑み、地味だが清楚で奇麗な服装。彼は彼女との間にいずれ子どもが出来ることを夢見るだけで幸せであった。しかし、夢見る幸せは現実の地盤を確実に蝕んでいった。夢の方が遥かに現実のポルシェよりも彼には素晴らしく甘美におもえたのだ。ポルシェも結局はそんな彼女との結婚生活にありつくための手段で敷かないのだ。ポルシェをエサに彼もまた彼自身が彼女に愛されないことを利用していた。なにせ、高園翼は酷く醜くかったのであるから。

 亜梨沙は次第に高園に不安を抱くようになる。なぜなら、彼が仕事に身が入らず毎晩お酒ばかりのみ酷いときにはべろんべろんに酔った彼は彼女に夜明けまで電話をしたからだ。そして、彼は仕事へいかぬようになり朝から寝る生活を送るようになった。しかし、ポルシェだけは車庫にちゃんと納まっていた。彼はは彼女を釣るエサがある限り、彼女が離れることはないだろうと考えていた。

 数日後、彼女は高園のもとを去った。置き手紙を残して。

「私は貴方との将来に不安を感じるようになりました。貴方の恋の妨げにならぬように私は去ります。さようなら 亜梨沙」

 高園は手紙をみて、また寝た。彼女との楽しかったドライブだけは彼の心にちゃんと残っていた。彼は彼女を愛していたのだ。しかし、彼女は彼のお金を愛していた。男女は互いにみせられないところがある。彼女の方はお金をみることで彼をみないようにした。では、彼はどうだったか。彼は愛をみることで彼女をみないようにしていた。

 これを「すれ違い」というにはあまりにも単純だ。彼らは勇気を持たなくちゃならない。では、どんな勇気をもてというのか。おそらくは、彼は彼女の容姿でなくて彼女の服装でもなくて、彼女が彼の用意したエサに引っかかるのを愛さなくちゃならなかったのだし、彼女は彼の醜い顔を愛さなくちゃならなかったのだ。

 外見にとらわれた愛は、外見によって奪われる。外見をかえることはできない。老婆のしょぼくれた目を男は愛さなくちゃならない。それは、未来の彼女の姿かもしれないのだから。いくらアンチエイジングをしたって、若い女には負ける。若い女はすぐに金に飛びつく。金にまけない愛をもった亜梨沙は彼に見出せなかったのだろうか。

 

 

 ps 私は愛について考えすぎているし、愛という言葉を使いすぎている。だからひかえようと思う。愛をよみとるのは読み手に任せた方がいいだろうから。