ぼくは身体を海に漂わせて、美しい青空の熱帯の空気を、白い雲を思って。頬を涙がつたった。

 美を求める心よ、叫べ。叫んで雲泥の世界から取り出せ、クリスタルな朝に。ダイヤモンドの光を誰よりも美しい水晶体をもつ人よ。世間に拘泥される自由人よ、占いに騙される自由人よ、自由な社会人よ、逆説に足をすくわれる私よ。幸あれ、とこしえな眠りの中で幸あれ。何もないことを幸という。何かあることを取り除くことを幸をつかむという。幸を得れば人間は幸せなのか、という不安がある。不幸を見つけそれを解決する喜劇の方が幸せになれるなんて、幸福は不幸な人の為に有るのだろう。不幸であることは耐えられない。享楽と快楽を享受し不幸に幸福を注いで満足する。あらゆることを語る人間の愚かさを、笑い飛ばす快活さもなければ、一緒に悩むだけの時間も私は提供したくないのだし、そもそも私は私自身をみはなしてやっと私は自由になれるのかもしれない。私は恋愛の為に私を保存しなくちゃならないし、恋愛の為に自由を捨てて恋人に気に入られる為に好きでもないことを強いられ私はお金も恋人に与えて私は彼女の信頼を勝ち取って私は就職して彼女を安心させて私は彼女と同じ目標の基に生きることを強いられ別れの辛さが私を不自由に突き落とし、青天の霹靂よ、私の頭上に輝いていた白い雲と青い空は彼女に覆われている。私は彼女にどん底をみせてもらった。あらゆる不幸も女がいれば不幸でもなくなるというのが私には十分不幸であった。単位も取れない卒業も出来ない彼女はどんどん偉くなる。私はどんどん愚かになり悪くなり彼女に捨てられる。彼女に捨てられるように行動している父子が私にはたぶんに有るから彼女も簡単に私を捨てるだろう。簡単に捨てられた私は其れを社会だと思って社会を恐れ社会不安とやらに陥り、普通の生活を、彼女が望んだことをあえてしないように生きようとすることで私は本当に自立していきてしまう。she kill me. it is natural situation between you and me. girl friend! i hope you would be happy! i am your boyfriend when i can hope your happiness in anytime. 私の頭はすぐに誰かに殴られてもうおかしくなっちゃっているのかもしれない。目に見えない幽霊達が私のやる気をそいでいく。恐ろしさやなんやらを僕は彼女と共有している証拠だ。でも、それじゃあまりにも私は動けない不自由だいたいのに病院にも行けない不自由さだ。症状は悪化して学校に行く気も凝らず顔は醜く成り果て言葉は怪しくなってテストも何も掛け合い、おまけに鬱病という観念に私は陥り鬱病の正体は世界に深淵をどうしてものぞいてしまうどうしようもない習慣のような好奇心である。私はその正体を知っている。自由は文体は誰にも共有されることのないつぶやきになって、つぶやきは文体を得ようと努力するも其れは私自身ではなく私を借り登録して間接的に媒介を通して了解できる幻想のなかの私なのだ。私は自分を視たいと何故思うのだろうか。それは私が評価され報酬をもらうという単純な教育を受けず只見分の為に物を享受してきたからだろう。其れはバイクであったり其れはこの怠惰な生活に何も疑問をはさまない両親だったりするのだ。僕は帰りたい。地元に帰りたい。かつての自分に合いたいわけじゃない。ぼくをこんなにまでにダメにした人達に僕の姿を見せて僕は笑いたいのだ。これほどの不幸が僕を覆っている。君達は僕の不幸を僕の気持ちを蔑ろにして僕と対話を試みて僕は応対は学んだけれども規範は内面化されなかった。僕派でもこの苦しみが故に彼女に愛されているのだと思えば、愛とは実に残酷である。愛は苦しみを私に強いる、そして、苦しみから逃れる手段は自殺に限るのだ。別れる?同じことを繰り替えるだけだ。別れたくないのに別れることが、ある人生の教訓のようなかたちを取って過去の私を愚か者にし未来の私を不具者にしてしまうのだ。どちらにしろ、私という人間がはたして人間として生きるに値するのか私は疑問だ。私をつなぎ止めていた論理やら法律やらを彼女は嫌いだといって僕は、悲しい。僕の喜びを彼女が受け取ってくれたら其れは其れでとてもうれしいことなのに。そんな女々しい僕を受け取ってくれる人なんていないんだ。だから、僕はもう死ぬしかないのか。死ぬ前に考えておきたいことがたくさん有るとしたら、それは微笑みだ。心理学的効果なぞというおぞましくも気持ちの悪い言葉を私は心の底から嫌う、ただ明晰なる頭脳と繊細なる感受性を用いる精神分析の固有なで自由な雰囲気を私は好むのだから。私は死にたい。それは私が死を強いるのではなくて、社会が私に死を演じるのだ。なぜならば、私のような人生は社会を存続させる一つの例えば社会主義のような、集団で大いなる力を楽しみに待つような、そんなことを。ああ、僕は何を言っているのだろう。思考の行きつく先に何があるのだろう。全部夢なのに外に出れば夢で彼女に会っても夢で僕は適切な行動ができなくて。適切な感受性をもつことができなくて、もがき苦しみ。ひとりがさみしくて紛らわせる為にいろんな遊びを楽しんで、それがために学校へも行きたくなくてはたしてさみしさと自由を両立させることはできなくて、日本は思ったよりも狭くて。私は世界を欲している。世界に旅立ち様々な習慣に涙して、ベトナムの海イラクの砂漠ギリシャの神殿イギリスの港町パリの街頭シベリアの密林で死にたいのだ。殺されひき殺され首を吊り拳銃を頭にぶち抜き。ああ、僕は仕合せだ。誰ともくらべることのない人達は仕合せだ。金はくらべることを要求する。どちらがやすいか。そんなことが僕にはゆるせない。ゆるせないから僕は金を恨む。君には逆らえないから。何時の欲するところに何時の欲望の火を宿らせろ。貴方が先生になりたいのなら、先生に価値を置け。僕には出来ない。先生の先生になりたいのだ。先生の先生になって無限に続くよくわからないことに、僕は一人感覚と感性と文字をもって挑まなくちゃならないんだから。それでやっと、僕は、ひとりでいきられるのだろう。何も悩むことなんかないんだ。悩むことの正体を知っている。君は悩んで僕を世間に迎合させようとしているんだから。そんなこと軽いタッチでかいちゃうくらいぼくは身軽なんだ。それを喜べないで何を喜べというんだろう。僕は自由にこれからも生きるよ、僕を非難する人達に僕はこう言い返すんだ。お幸せにって。ぼくは君が僕に勝てる勝算をもって僕に闘いを挑みそして勝つ。ドクサにまみれていく貴方を僕は否定するんだ。相手を受け入れルッタって相手が相手自身を捨てたいときに、それを受け入れることが何を意味するのか。悩みが齎す高揚を知っている。けちくさい金銭感覚を手に入れることで人間は安定する。僕は良く知っている。金が人間を狂わせるのではなく、金銭感覚の鈍磨こそ人間でありそして金銭感覚は人間を真実から遠のかせる態度を強いることを。僕は知っている。高卒の人間が僕より働いて火星で美人な奥さんと幸福な生活。僕は知っている大学生が学問より社会における大学の価値を利用して給料のいい会社で入り美人な奥さんをもらって幸福な生活をすることを。そうか、ぼくは幸福な生活を知らなかったのかもしれない。隣の芝生は本当に眩しかったのかもしれない。誰が僕の面倒を見るのか誰か教えてくれ。僕は裏切りを続けて僕は其れに苦しんで回りも苦しんで。僕は死にたい。僕は死ぬことでやっと立派な人間に慣れる。誰の負担にもならずに自立して人々の心の中に行き続けるのだ。これは不幸だ、どう考えても不幸だ。誤字も脱字も気にせずに文体も抜けている目的語に主語も考慮せずに文章を思いついたままに書き連ねる僕は不幸に決まっている。不幸な僕は生きていることがすべての物事が同じ道を歩んでいくことに納得して絶望して繰り返しを僕は見つけて、ぼくは繰り返しに飽きて同じことの繰り返しが僕を不幸に陥れ、腐ったデコポンが台所で発酵して酸のにおいを発しそれに気づかない程に僕の嗅覚は可笑しくなって、僕は一人では決して生きていけなくて1人暮らしの自由を僕は謳歌する筈だったのに、そうもいかなくなった。僕は自分がこれから長い人生を耐える為に自由を捨てて家庭をもち家庭に責任を感じ僕が僕自身を捨てる為の口実を用意しなくちゃ僕自身の自由を確保することができないでいる。その方法でしか僕は自由の灯火を消すことなく人生を生きぬことが出来ないような気がする。他人の心を分析することも病めて僕は自分自身の分析に何か得意満面の笑みを悦にひたってああ、僕は僕自身が気持ち悪い。しかし、それはいけないことだ。さきがない。ふくろこうじだ。そうだ、やっぱり僕はすなおにいおう。死にたいんだ。不思議なことだ。死にたいだなんて。軽くいっちゃう自分が。お腹がすいた時ぼくは死にたいとはおもわず、醜さを受け入れる拘泥に身をまかし。ああ、もう言葉も力つきてきた。誰か僕に文体を、いえ、いりません。ぼくはやっぱり、自分がかわいそうで、なにもしらなくて、文章だけは思いついて、書いても書いてもなっとくのいかない、心の移り変わりがそこに有るだけで。ただ主義だとか主張だとかを保持する人がお金をもらって、駒になり、そんなことが嫌で。風流は金にならないけれど、金で買える幸せ以上に幸福感が漂っていて。僕は体裁を気にしているのだろう。それにうちかつとはつまりはすてさることにほかならない、大学も彼女も単位も親も。