悩む前に身体を動かしたい

 ああ、良く生きてるよ僕という人間は。だれもすくってくれない。親さえも金稼ぎに勤しんでいる。子どものことなんて歯牙にもかけない。彼らが死んだら、俺は金しか残らない。愛された経験なんて、うそでもいいからないとは言わせない。言いたくもない。そうでなくっちゃぼくは世界一の貧困よりも貧しい世界にいると世界に公言して、かわいそうな人間になっちまう。ぼくはかわいそうな人間の気持ちをわかったふりをしていきていたいのだ。同情なんてしちゃいないけれども、してるのもほんとうなんだ。言葉って難しいよ。言葉はぼくに決断を迫る。イエスかノーか。言葉なら世界はわかりやすく理解も出来るよ。言葉への感受性をなくしちまったら、理解できていた容易な世界も複雑になっちまうってのもまた事実なんだけれどね。僕はね、将来に体する絶望的な不安を24年間背負っていきてきた。ぼくに言葉で世界をぶったぎる方法を教えてくれずまたその機会を奪われた子ども時代の不遇をぼくは、高校生のときに読書で救われたのだ。三島由紀夫の感性はわたしには今でも、すばらしく重たい。太宰治は、彼は、本当にキリシタンだとおもう。彼のどうしようもない、言葉でわりきれない世界を文体を通じてまたは物語を通じて伝えることは、すばらしいことだ。ことことこと、ぼくの文章の癖ってのがまた癪に障るんだ。どんなにすばらしいものも、それを理解しようとしない人達がいる。彼らは自分の立場を守るために、すばらしいものを受け付けようとしないのだ。そういう人間になるくらいなら、死んじまった方がマシだ。

 なぜかって?ぼくにもわからない。嘘ばっかり着くのも人生だ。嘘をつかなくちゃ人間はいきていけないからじゃないかな。僕なんか、明らかな嘘をみつけたら、ああ、本当なんだって思っちゃう。かわいそうに、嘘もつけないなんて。本当だから、こいつは生きるすべをみにつけちゃいないんだっておもうんだ。だから、死にたくなるんだよ。人の気分はうつるんだね。転移って言う代物を人間はもっちゃった。集団になる為にはそういう転移ってのがひつようなんだ。科学は永久に人間の感性を物質の根拠にもとめるようにしている。わかった。根拠はわかった。それで、どうだっていうんだ。物質に根拠があるから何だってんだ。

 僕だけの秘密を誰か僕と一緒に肩代わりしてくれないか。ぼくは忘れたいんだ。喜びも悲しみも人一倍感受性が強い人間にとっちゃ毒でしかないんだ。ぼくの感性は脅かされて強がりさえも不自然な弱さをみせつけっちまうんだ。ぼくのことなんて、みんな忘れてしまうんだ。ぼくさえ今日あったことをたくさん忘れてしまう程に、この世にどっぷり浸かってしまうんだ。読書の何がいいって、明らかにつまらないこの世界が楽しくなるってことにその冥利があるってわけさ。ぼくの打ち込む言葉が誰かに届けば飯田なんて微塵も思わないんだ。共有しても欲しくないんだ。ただ、なにかがぼくにはこれを書かせるんだ。書かなくちゃ僕は僕自身を忘れてしまいかねない。恋ってのは、つらいばかりだといってみたいんだ。それは、愛なんだ。愛はつらいものなんだ。キリストだって顔色わるいだろ。色白でまるで、バターだ。きっとつらかったんだ。もういいよ、キリストがいくらつらかったからって、低賃金労働でしか生きるすべのない人たちの気苦労にくらべたらなんとでもないよ。贅沢な悩みだって言うんだ。人間は幸せな人でも不幸せな人でも等しく悩むものなんだ。そうあってほしいと願っちゃうんだ。人間はね。だから、ぼくはいいたい。自分を愛するのなら、他の人の言葉を聞いちゃだめなんだ。その点からして、ぼくは彼女が彼女自身を愛することをちゃんとみとめてあげているのだろうかと思う。そう今、ぼくは反省したんだ。これまで彼女にしてきたことを僕は反省しちまうんだ。どうしても。それだけ、僕は彼女のことが好きなんだな。バカなやつだ。彼女に惚れ込むなんて、バカな奴だ。自分は気苦労するばかりなのに。彼女の幸せなんて絵に描いた僕の餅で敷かないとしたら。それこそ、それこそ、人間であることのつらさであるのだ。幸せなんて言葉はあっても、幸せなんて気分をぼくが感じることはないんだ。労働なしには。他者から必要とされない人間程悲しいことはないのだ。デンマークの王様もつらいのだ。あのつらさを王妃はわかってやるべきだったんだ。なのに、彼女は崇高な目的の為にいきたと人は言うのだろうか。僕はそうは思わない。農奴が悲惨に殺されたとしても、自分を愛するべきだと思うのだ。自己愛こそ僕たちに足りない何かなのだ。誰かを通して得られる喜びは、誰かからその喜びを奪うってことに気づかないのだ。例えば、いいことをするだろ。ぼくは、いいことという基準をそのひとにおしつけたのだ。そして、その人はぼくの基準を採用しちまうんだ。身体が動きもしないのに。それで、悩むのだ。ああ、そんなことばかり考えて、いや、何も考えないですごすには労働こそひつようなのだ。精神に衛生が必要なのは、精神が脆弱だからなのに。