すべてをすてて

 私は全てを捨てて生きていた。どんな言説も捨てて生きていれば大抵行動につながった。丸一日何も食べていない。それでも生きてる。むしろ調子がいいなんて気持ちの悪いことは言わない。私は余程の常識人なので昼間にであることが何を意味するかもよくわかっている。だから引きこもるのである。引きこもって私は現実をじかに接することを好むのだ。人々のいるところには感情の情念が渦巻いている。自慢と嫉妬が入り乱れて私はそんな場所を好かない。情けないと思うよりもまず、私自身がバイクに見栄の要素を取り入れているの何々を意味のわからないことを言っているのだと思うのだ。私の生活がもっとエコになれば、それでいいんだろう。しかし、親よ、私はあなたから金もしくは話を聞いてほしいのだ。それさえ、あなたは私が辛かった時に何一つしてくれはしなかった。私はあなたたちに感情を伝えても何も対処をしないじゃないか。私の親はなんて弱いんだろうと打ちのめされた。彼らの望むものは社会であり、社会の奴隷なのである。だからこそ、私はいつまでも世間を怖がってばかりもいるのだろう。弱い犬ほど吠えるように、私は弱さを見せないように強がって生きているのだろうと思う。私がこうして悩んでいるときも、彼女は世間とうまくやって楽しく紅葉刈りなんてしちゃっているんだ。だから、僕は彼女が好きなんだ。彼女がとっても好きなんだ。あまりいいすぎると自己暗示のような気がしてくる。本当は好きじゃないんじゃないかと思えてくる。好きじゃないのに好きだ好きだというから、疲れ果てているんじゃないかと思う。それは、私には言えることだ。なぜなら、そういう節は確かに私にあるからだ。しかし、彼女は違うのだ。彼女の心を理解しようとは思わない。彼女には心を見せないでおきたい自由もあるのだ。私はただ彼女の話を聞いてそれが面白い。それだけで十分だとも思うんだ。僕はバカである。バカすぎて話にならない。