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だれが

 誰が僕をこうしたのか、それを誰のせいにすれば気がすむのか、また私は守られるのか知らない。親はあほだ。これが単純な事実として私の身にしみる時に私は親に公言する。なぜそう言わせるまでに私に不感症であったのか。干渉してほしくない!そんなことは嘘である、ただそういうことなのだ、自由が欲しいのだ。どうしても、自由が欲しいのだ私のすること一つ一つに説教してくる人はいて欲しくないのだ。やるのはぼくなのだ、なぜそこで協力しないというのだ。それならば、君のためにならないというのなら、それならば、君は君自身のためにもなることしかしないというのだろうし、それが普通の人間だというのだからこの世はいかにも正常である。あまりにも正常すぎて私は息苦しい。私の正常さや常識のために、あまりに常識の中にいる人間が耐え切れないのだ。親に喜んでもらうために新しいことは何一つせずに、自分に偽りの弁をたたき込み、公務員にでもなって奉仕すればそれで人生は最高というわけだ。確かにそうであろう、しかし君たちの話は恐ろしく退屈であることもまた確かである。しかし、沈黙を欲する。そう、自分たちの人生が矮小で卑屈に満ちていることを認めたくないのだ。非常識な奴ほど常識を信奉する。これは当然だ。栄養のない奴は、目の前の豚肉に手を伸ばすだろう。足りている人間は、控えることができる。デブは!手を伸ばすだろう、栄養高で太りすぎ醜い醜態をさらしている。では僕はそのどれであろう。さてそれは、周りの意見に任せよう。何を言われようとも。私は自分の血が自分の頭が鉛のように思いことを認識する。体が、体力を失い精力的に動き回ることを拒んでいるように鉛の足が私をベッドに釘付けにする。僕の人生!そんなものははじめからなかったのかもしれない。それでいてぼくはぼくぼくぼくと自分について何か語っているように見えて決してそれは不可能であるに違いないのだ。いったい、誰に自己紹介しているというのか。僕が僕自身を偽ることを手助けしているにすぎないじゃないか。自分の感情を吐露できる相手がいることは素晴らしいことだ。また、私は人を束縛はしない。しかし、自分が束縛されることは望む。また、束縛を望む人間がいても、私はその言葉を信用しない。束縛などしてたまるものか、これこそ束縛の先に求めるものを与えることができるのだ。要するに犯行である。永遠の犯行であるし、反抗である。日本語には同じ音なのに文脈は漢字に変換することで別の意味になることがある。だからなんだ、つまりは、つまりは、犯行をしてしまうんだろう。占いではそうでた。私は法を犯すことをしてしまうのだろう。それが発覚して初めて法を犯したことになるのだ。しかし、神がいれば別である。しかし、神がどのような法を私たちに課しているのか、キリストの洗礼を受けていない私は知らない。戒律さえない仏教典に依拠しているこの国の底に滞留するのはなんだ。自由だ。全てを受け入れる自由だ。何が起こっても自由だ。自らの妄想がもたらす自由よりも遥かに自由である、許すという自由だ。計画が倒れても、それを受け入れる自由だ。許すことは、すべての対象に向けられている。いちいち切れていてはいけない。幅寄せする人間のその心が憎いのだろう。あまりに、かわいそうである。そんな人間に施すことは何もない。ただ、憎いのだろう。自分がわからない!わかった試しなど決してない。ただ、今自分の書いているこの文章の下劣さに自らの手を自らの喉に突っ込んで気持ち悪がっている様子があるだけだ。他者は私を映し出す鏡である。他者が恐ろしい。それはなぜだろう。恐らくは、私の姿に私自身が耐え切れないからであろう。まなざしが、耐え切れないからであろう。どうするべきか。まなざしを返すしかないのだ。それは心臓に悪いのか。悪いと思う。それで死ねば?それはそれで苦しみながらいきたことになるのか。ああ、ああ。私には私を説教してくれる言説を求めてしまうように自分自身を到来させるところがある。誰も私に説教をしてくれなかった。遅すぎる説教ばかりだ。僕ん人生は終わったとは言わない。ただ、すごくめんどくさいのだ。人は私を理解するために、どこからか引用してきたテンプレートで僕を避けるだろう。見たくもないだろう。なぜならば、あまりにも自由で醜いからだろう。生き恥だ。もし日本等があれば、もしいきなり中世に飛べば、私はそもそも帯刀している限り、このように醜くなることもなかったのかもしれない。しかし、今しか僕にはないのだ。だから、もし中世へ飛べば!ぼくはぼくの腹に刀を当て、掻き切る気力があるだろうか。それでも醜く生きるだろうか。桜の下で、切腹する美を体現できる。それだけが、醜い僕残された最後の一点かもしれない。誰か僕を助けてくれと、いったところでしょうがない。いくつも手があるだろう。白い手でいくつもぼくを招きよせようとしている。連れて行かれる先は、どこであろう。そこに身をまかせるよりもその手を刀で切り落としてやりたい。それは、反抗でもなんでもない。官能のためである。私は官能に生きたのだ。わからない。自分がわからない。当たり前だ。貴様はわかりにくいようにわざと自分をそういう状況においたのだから。確信犯である。君は自分についてよくわかっているんだ。ただ、それを許してもらうことができない。それを許された経験がない。だから、いつまでも君は恐れているのだ。自分を出すことを。今僕が帯を締めずに自分を出せば、そいつを恨むようなことをしてしまうだろう。だから、控えているのだ。そういうことだ。そういうことだ。