今日も何もしていない。何もしていないわけじゃない。話題が私に関わることであるから何一つ楽しいことがないのだろう。私が私の好きなように生きれば誰にも認められないことを知っている。世の中は諦めることばかりしいてくる。そして、その境地こそ至極であると仏は言う。いや、仏がそう言ったのかは知らない。弟子はそういったかもしれない。いや、弟子さえそんなさもしいことはいっていないのかもしれない。もしかしたら、弟子はそんなことを言わなかったのだから。ああ、ぼくは彼女を見ていると育ちの悪さを見る。もう我慢ができない。僕は育ちがいいというふうに言っているわけじゃない。もっと優しい言い方をすれば気が合わない。趣味もあわない。バイクなんて野蛮な乗り物に乗っている僕に上品さを求める人間が僕を知ったら信じられないと言うだろうが。彼女は文字を信じていない。彼女が信じているのは文字以上のものだ。実に悲しい。私は文字を信じているのに。文字を信じないで何を信じろというのだ。女は恐ろしい。男がわからないところでひとりご満悦している。そんな彼女たちが彼女たち自身だけで共通する話題を作り上げていけば男どもは生きちゃいられない。単純作業に戻って行き原始農耕生活が始まるのかもしれない。知的な活動は制限され夢見ることも許されない余談が続いている。