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世相

世相について書きたくないけれど、書く。フランスではまたテロです。いい加減に人を殺すのに意義も目標も見いだすのはやめましょう。断捨離するべきは相手への憎しみです。憎しみは楽しいものですから。自己主張のはけ口になります。普段思っていないこと言えないこと言いたくても言えないことを、世間の正当化のもと言えます。ビールです。憎しみばかり抱く人はアル中です。アル中が悪いとは言いません。ただ、きついことには変わりないはずです。と、私の持論を展開市もしょうがないと思うでしょう。確かに、この声はイスラム国には届きません。日本語ができるのならば、オタクになっているような人たちが二次元でリアルに人を殺し自分の人生をも終わらせたいという気持ちは良くわかります。貧しい人が豊かな国へ行けば疲れますよ、そりゃ。貧しい人は貧しい人たちのところへ行けばいいのです。金銭的な貧しさですよ。心の豊かさとは関係ありません、と言いたいところですが、金銭的な貧しさをお金で賄えるとしたら心の豊かさとお金は一緒です。こう考えることもできましょう。心は置いといて、金に力を注げばいいんだ。交換価値という点で、心の豊かさはお金で手に入れることができます。しかし、僕は交換価値のない心を持とうと思います。誰にも奪われたくありません。蹂躙されたくもありません。どうしてかと問われても、なんともいいようがありません。自分自身がそう思う理由に関していくら弁明してみたところでおしゃべりですし、しかし、これこそ最強のおしゃべりのような気がするのです。眠れない時は眠らなくちゃ死んじゃいますね。関係ない話を突然してしまうのも私の悪い癖ですが許してね。歌詞ができそうだ。取扱説明書よろしくなりに、私の取説は写真だからわかりっこないね。各々に好きなところを見て感動していればいい。絵画鑑賞が好きなのに彼女はあまり興味がなさそう。映画鑑賞は嫌いだけれど彼女は好きそう。バイクに乗りたいけれど、彼女は乗りたいけれどめんどくさくなって乗りたくなさそう。どういう心境の変化だい。この世界に生きて、ダークなところばかりが目について気が滅入りそうだよ。これは嘆きだろうか。パートが嫌いだ。みんなロボットになればいい。なぜなら、人がする仕事じゃないよ。僕はしたくない。したくないところに、僕はいつも連れて行かれる。そして、いつの間にかそこの代弁者になっている。やりたいことってすごく気になっている世界の入り口なんだろう。その誘惑に乗っかるのが怖いのだろう。僕は怖いところへどうしても行ってしまう。死にたい願望度やらがうまく機能しているのだろうか。それとも、飽き飽きして退屈な夏の夕方に揺れる稲穂を美しいと思えなくなった時に僕は落ちているのだ。都会人の完成だから。清潔なことしか僕はしないよ。なぜそれが通用しないのか僕自身にもわからないのはおそらく僕自身がそういう泥臭いことに首を突っ込んでみたい気持ちが多分に強いからだろう。近頃の僕は偏屈も去って少し空気の通りも良くなったかと思えば、もう諦めのついた人生において目標を立てることが苦しく娑婆を彷徨いまるで亡霊。何回も死んでいたはずなのに生かされている拷問。しかし、死にたくはないんだと響く首都高で捕まった時の警官の話。奴は多分、切符を切れないと判断したんだろう。最後に震えてましたよと言いやがった、馬鹿野郎寒いからだと普通に言ってやったが陰湿な横浜と神奈川の雰囲気から察して馬鹿にしていたんだろう。相手の質問をはぐらかすところがあるのは確かだから。お前がぶっ飛ばしてるから俺も飛ばしてたんだよと言ってやったり、いろいろ言ってたら諦めやがった。免許返上したらとか言ってた。そうか、そんならあんたさんがその手続きをしてくれるのかい。俺はそんなめんどくさいことしないよ。切符も切られず。警官にも相手にされず。ああ、僕の身の回りはさっぱりしている。人間関係のセーフティネットワークもなくどこまでも進んでいける。海の底にも、空の上にも。わざとらしい明るさ。空元気。僕は去年から元気で僕を鼓舞して僕を壊そうと努めた。僕は壊れただろうか。傷つけと、お互いに思った。彼女も同じような気持ちを持っていることに今更ながら驚かされる。相性なんて違う方がいいと思った。隠し事が全部バレてしまうのだから。こんなに辛いことはないだろう。隠し事がないと僕はいきちゃいけないよ。水清ければ、です。というわけで、話を変えましょう。もっと明るい話題にしましょう。そういえばタイトルは世相でしたね。世相ですか。はあ。今の日本は戦争終わりの反省も終わって戦争もう一回やって戦争というものを追求しその本質を見極めんと欲しております。なんてこといえば、お前は偏っていると思われるかもしれませんが。偏っていない人間なんていないんだからしょうがないじゃない。いま憲法改正とやらが話題になりますね。ええ、マスコミの絶好のネタを提供する政府とメディアは結託して国民の自己努力やらを壊しちゃいますからね。日本人は皆がやれば後に人が続いていきますから。先駆者は悲惨な運命になるのが日本です。例証?日本人は、楽しそうなことの真似ばかりします。個がありません。ストレスなく生活することが彼らの一番の目的なのです。ようはとても神経質でめんどくさいんです。礼儀だとかマナーだとか。大事なのはその人の人柄じゃないですかね。礼儀だとかマナーだとか小うるさい姑のような男がありがたがられるのです。所詮女社会ですからね、日本は。男も女も変わりありません。しかし、それで害を被ってるのは男も女も両方です。平等を追求するほど平等は暴れだします。ごくわずかな違いさえも、不幸へになります。というばかりに、物事の追求を私は信じません。あるのは、熱中だけでしょう。自我の開放と拘束、拘泥、逮捕。逮捕の場合はどうしても、反感が芽生えますからね。社会のしくみが人間の頭と相互に関連しあっているとしたら。おそらくは、僕は社会に対して期待をしているのだろうし不慣れなのでしょう。慣れていないから、得意になったりもするもので。それを克服しようと努力することがね。例えば、真面目な人は徹底的に不真面目になります。不真面目な人は徹底的に真面目になります。どちらかに優劣をつけたがりますが、そうですね、有終の美という言葉がありますから真面目な人がいいのでしょう。面白くもない人が一番いいのです。安心だとか安定だとか優しいだとか恐らくは魅力というよりも信頼に重きを置いている。その点においてもう悩まなくていいということなのでしょう。例えば恋愛において、友情においては優しさは時には距離を遠ざけます。しかし、それがまた人情と絡むときもあります。以上すべてを投げ出して、無限の弛緩と緊張をゆらりくらりするのがいきの構造に書かれていることではないでしょうか。学者はめんどくさいです。一体どこの文章がそうなんだいと言ってくるでしょう。文章の引用にうるさいです。もう著作権の仕事も話題も過ぎ去りました。あるアイディアで儲けようというのがまた、小賢しいのです。人が関わってくるのだから楽しく平和に設けられればいいのです。しかし、それにしても。人間の魅力は考えないことです。計算しないことです。足し算の嫌いなところはそこです。ああ、世相ですね。世相は良くも悪くもありません。だから、つまらないのです。悪かったら良くなる兆しがある。良かったら悪くなる兆しがある。どっちでもないということは、良くも悪くもならない。いいえ、良くも悪くもならないとしたら混迷しているのでしょう。価値観が乱立しているので、一概に世相を論じることができない。一億の国民の思想を8つのテレビで賄えるわけがないんですから。いくらメディアが増えようと、8つの時と変わりはしません。メディアなんて見ない方が本当にいいのです。いいとこ取りのネイバーだって見ない方がいいです。見たらすぐ忘れるようなら初めから見なけりゃいいんです。すぐ忘れるようなことは嫌なことです。喧嘩ならした方がマシです。喧嘩をしない人は嫌いです。かといって喧嘩が得意なわけでもありません。主張したいこともありませんし、聞きたい主張もありません。ある時は、長煙管に首元はだけた浴衣。足を崩して虚ろな目。そんな気分でいたのです。