さよなら日本語

 とはいってもなかなか縁はきれまい。日本の記事よ、なんと思考力のない記事よ。定型テンプレートの大嵐。立派な主張、立派な主義。要りません。徹底的に取材して、ありのままを書けばいい。すぐに例えを出したがる。色眼鏡。実際よりも、実際に近い典型的傾向に事実を近づける。事実をありのままに再現する努力は皆無。また、記事の材料も加工食品の添加物だらけ。芸能人の不倫。殺人事件。関東に上陸もしない台風。事実よりも、事実を作り上げるための記事の氾濫。腐臭がする。まるで下水道の臭い。あいにくネズミではないので、その粘りっけのある灰色の臭いは嫌いだ。数字が大流行り。パチンコじゃあるまいし。数字を追っていく。数学でもない。数的表現を好む。20パーセントオフ!税率、消費者物価指数。実態よりも架空を愛する。美味よりも、値段の高い料理を食べることに喜びを見出す。嫌いだ。センスが侵される。数字ばかり気にして気の休まることはない。レベルアップ・・・。ゲームにさえ仕込まれている。美味しいだとかまずいだとか、味わう余裕を持ちたい。余裕とゆとりを持たなければ、数字ばかり追いかけ自分の人生を数値化しそして・・・。数字は嘘をつかない。しかし、人は容易に嘘をつく。数字を信用するものは人から信用もされない。人は嘘をついてでもいいから人を信用したいものだ。新入社員のバカがいっていた。目立たなければいいんだ。自ら型にはまっていけば人生楽チン。そうだろうか。型が変わり続けて流行しか目に入らなくなった時、そしてそれを追っていくことしかできなくなったとき、疲れ果て鬱になるだろう。人の喜びと私の喜びは違うんだ。断じて違っていなければならない。同じ喜びを共有することを強制的に義務付けられているような社会において。ノリが軽い。結構。しかし、時間の問題。ずるずるしている。ぱっとやめる時間がない。要するに、だらしない。

 

日本語の何が気にくわないのかい

 

同じような記事ばかりなところだよ

 

読書ならいいのかい。

 

いいね。本にしか読むに耐える日本語は書かれていない。新聞記事は有益だろう。しかし、読むに耐えない。栄養価の高いまずい飯といったところだ。

 

じゃ、小説は栄養はないが美味しいということか。

 

ああそうだ、時に毒を盛られても美味しいから食べちゃう。それは、小説に限らない。名文はそういうもんだ。

 

名文というと敷居が高い気がするんだけど。

 

決めるのは君だ。つまり、君が美味しいといったところで僕にその美味しさは伝わらない。美味しい顔がいいのだ、美味しいと喜んでいる姿がいいのだ。美味しいというのを伝えようとするなら食べさせればいいのだ。

 

そうだね。ところで

 

ところでもなにもない。僕は話したくないんだ。話せば相手に利用される。それを恐れている。

 

利用されるだけの価値があなたにあるの?

 

ない、だから恐れている。利用されるべきなのにされないという恐怖に。

 

何かに怯えていないと心が安定しないのね。

 

書くってのは常に身をさらしている。危険に。そうじゃなくちゃ、内側から書く意欲が生まれない。意欲のために、不幸を買って出ているのさ。

 

若い時は苦労しろと言うけれどね。

 

苦労なんてすぐに幸福の原因になれるが、不幸は幸福の味を薄める。

 

淡々と水のようにな味付けになっていくのかしらん。

 

動けば汗が噴出して水を欲しがる。水が一番美味しいのだ。そして、お米が一番美味しいのだ。

 

さとり、ですかね。

 

わからない。断定的な物言いは嫌われる。結論より結論までの道のりを明確に書いたほうが結論以上に意味を持ちうる。有益だとか考えられている。

 

さっぱりわかりませんね。あなたとの会話はすべて録音してありますよ。

 

それを枕元で流せば僕のことなんて忘れていい眠りにつけるよ。

 

そうですかね。

 

どうだか。