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占いはやめよう。人を判断するのにキャリアじゃなくちゃだめなら占いを持ってくるのはおかしいことではないけれど。人の評判で性格を見極めようとするのがどうにも好かない。そもそも僕には僕を判断する人間がいないから。僕は僕を見極めようとする人間を心の底から嫌っているし彼らの前では道化師になって僕は僕の心の自由を確保するためにいくらでも礼儀正しく慇懃無礼になるしいくらでも紳士淑女として彼らと接しもする、そして、いくらでも悪者になるだろう。確固とした自我とやらを持つことがいかにできないのか。それは、私が幼い頃に満たされた経験があるからであろうか。満たされていた経験はおそらくは後々不幸をもたらすことになるのだおる。諦めに関して、諦観に関して僕は人一倍強い強靭な受容力を持っているような気がする。それが役に立つように動けばいいのだ。女であれば風俗であろう。知らない男の汚いペニスを咥えて金を得る・・・やはり僕にはできない。私には無理な相談。そこまでして生きようとする人間の醜さよ。生命尊重の時代に、生命以上の価値を見せつけた三島由紀夫。毒杯を仰いで死んだソクラテス。彼らこそ、男として生まれた私の運命を暗示している。私は生命以上の価値のために生きなくては、人生に耐えられないだろう。嘘ばかりついて、嘘をつかんで生きていくのは胸糞悪いじゃないか。正直になれというのなら、素直になれというのなら、貴様を密輸入した拳銃でぶっ殺したい。それでは素直じゃないというだろう、拳銃で殺せば君は殺人犯だ。その汚名に耐えられるか。耐えられないだろう。本心は殺したくないのだろう。生きたいのだろう。と、こうくる。これをのろわしいとは私は思わないが、三島は耐え切れないのだろう。この詭弁に。詭弁ですらないような説得。本質はなく、生命尊重の世の中。死が忌されるほど、生命はその輝きを失う。死が輝くときは必ず青年の死であるときだ。若者の死だ。松田優作は偉大である。