禁断

たしかに、私は自分が気持ちよくなるために書いているのであって決して芸術的なもののために書いているわけではないのだ。それを否認している僕の心が辛い。僕は自分を偽ってまで相手に合わせようとするところがあるけれどもそれは相手が好きなのだからといった理由をここに書いてもしょうがないので、あらゆる理由の向こう性をここに論じて私が裁判官から訴状にあげられた罪を課した理由を自らの罪を軽くするためという動機のもとに偽るようなまねはしたくないのだ。どのような嘘でもしかし僕がつかないとは限らないというのがまた僕が曲者であるところだ。考えてみれば人間は機械ではないからいくら条件が揃ったとしても断る力がある。もしかしたら私は人間なる世界で一番嫌われている種濁に属するために機械的な振る舞いから逃れるような文章を書いたり受け答えをしているのかもしれない。自らを何か特別である風に装っているんげんの中でも自慢話をする人間が嫌いではあったが日本人はおしゃべりが得意ではないので自慢話も喋らないよりは喋ったほうがいい当お人好しな人間が嫌な役を買って出ているにすぎないとしたら、潔癖でおしゃべり好きの平々凡々な人間ほど人間の中で最も醜い人間であると思わずにはいられない。一体どうしてそういう風に考えるのかと言われてもわからない。いやないやつのことについて考えるだけの暇と時間が有り余りすぎるからであろう。けれども、好きなものについて語ることが少ないことを認めたくないがために嫌いなものについていくらでも語るのかもしれないし、もしかしたら、好きなものには何一つ理由なんてものはいらないのではないかと思う。それにしても、嘘の付き合いが就職活動だとすれば嘘が誠になるのが仕事であろう。世の中にはいろいろな仕事があるけれどもどれも必要かと言われればそうでもないような気がするのだ。なかったら誰かするであろう。捨てれば誰か拾うであろう。一体読みたくない本にはケチをつけるに限る。それが本を読む際に誠実である気がする。読みたくもない本を一体誰が好き好んで納得しようとして読むのだろうかと思うけれども読まなければならない理由も本当はないのだから何となく読みながら違和感と不快感を混乱を覚えてケチをつけて自分なりに消化しようと取り組んでいるのだ。この私は概観してみるというのは占いに任せるのが私のスタンスで私は占い師なしに自分を俯瞰して見ることの内容にしているしそのような力が私の力を押し殺すのであれば主観の燃焼を唱えた三島由紀夫の説を採用している私の立場からもやはり自分を客観的に見て他社の批評を気にして好きなことも何もしないで不自然なるおしゃべりと振る舞いに体調を壊し精神を病むのは、あらゆるタイマンの中で最も怠慢なる振る舞いであるように私には思われるのだ。労働は確かに自らとの対話をなくすことでしかないのだ。古代ギリシャ人は一体奴隷制度の中に住んで対話を続けていたのだ。だからと言って鞭が必要なわけじゃない。進んで働く者もいたのだしまた報酬をもらっている奴隷ももちろんいたのだ。しかし、私がこう書くには理由がある。奴隷制を持っている社会が出した結論なり問いかけは現代において通用しない、ということだ。しかし、私は古代ギリシャの問いかけは何とも素朴で親しみが湧くのだ。コンピューターが世界を達観したけれども人間は物を考えるよりは検索するようになり、記憶する楽しみもなくなってしまうであろう。記憶は喚起されるものであり決してかけ算九九を1000の段まで覚えたからといって記憶力がいいと他人から不要でしかも聴衆を纏った賛美は受けるであろうけれども、喚起するする喜びは一切伴わないのだから何とも寂しいものである。人間の努力が実を結べばいいと考える連中は実に実に人生の時間を浪費している輩である。目の前に素晴らしい光景が広がっていても、一向に注意を払うことはなく、何をすれば植えた種が実をならすのかネットで検索するのだ。何とも悲しい出来事ではないか。また、人々は盲目となる。まるで、愛が人を盲目にすることに喜びを見出す人間たちのように。人間は何も知りたくないのかもしれない。知識は他人の歴史だ。戦争だって他人の歴史である。それを忘れてもらっちゃ困ると思うのだ老人ではなく私たちの方である。老人が死ねば記憶もさる。戦争を定期的にお越し品ぷの格差とやらをなくすきっかけにしてやろうという魂胆がある。それは否定できない。しかし、貧富を金で図るところに間違いが生じているのだ。それは、金持ちもそうであるし貧乏人もそうである。貧乏人はよく気がつく。あれはいい服だ、これはいいものだ。金持ちは感覚が鈍っているから物事に気がつかない。超えた豚になるよりは、痩せたソクラテスになれと言ったのは誰か忘れたけれども、あまりいいたとえ話でもないけれども、今の私には好きになるということへの危機感を持ち合わせている。それは、あらゆるものを壊す働きをする場合があると占いに書いてあったからだ。それは置いといて、なんとも曇りの天気。日差しは弱い。土日の日記を書こう。忘れてしまうには惜しいから。