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不便であることは楽しい

 人に何かをしもらうということは人がそれをする機会を奪っているということである。社会なるものを考える必要があるだろうか。自ら何かを考える必要があるだろうか。生活形態も違うのにどうすればいいのだろうか。迷いどころであるけれども私にできることは今の私を自由に言論の場所に舞い戻るように仕向けることであろう。私は二限が話しているのを聞いているのが嫌で仕方ないのだ。第一疲れるのだ。非常に難しいのだけれども。症状が私に舞い降りていると考えるのまた難しいのである。私は私の精神と戯れている限りいつまでたっても何もできないままに死んでしまうのかと考えると寂しい気持ちになるのもおかしな話ではないように思われるのである。今僕が気持ち悪いのもアボカドを食べたので気持ちが悪いのかどうかわからない。気の流れは変な言葉ではないけれども僕は何かをするべきなのにないをするべきなのかわからないというよりは何もしたくないのだしやりたいことなど何一つないそうやって騙されて生きている方がなんとも楽しいのじゃないだろうか。