飽きたよ。独り言も飽きたよ。誰がいないと寂しいよ。僕は一体化してしまったのかも、あの人と。悲劇だね。悲劇だ。嘆くのが楽しいよ。ああ、この世が終われば。何て思っていたけど、終わりそうもない。終わらせることが僕にはできない。つまり、自殺ができない。かわいそうに。人の気持ちがわからないのは、俺の方なんだ。俺はバカだ。しねしねしね。そう心が攻めてくる。世間の人たちだと誤解している。世間は静かだ。はしゃいでいるのはわたし一人だ。結局一人だ。しねしねしねと言ってくるのは、私だ。この私を殺さなくちゃならない。この私は私には違いないから、殺せば私はどうなる。しかし、殺すのは誰だ。世間に殺させるか、それか自殺だ。英雄よ、自主的な人よ、主体性を獲得した人よ、この人たちは皆自分の心臓もナイフで刺せる人たちだ。自傷行為の底に自惚れがあり、自惚れだけが唯一他者の承認を決してしない他人から逃れる精神的なエンジン装置だ。脱出は可能である。自惚れこそ、脱出の装置だ。世の中と違う時、羨ましいと思われなければいけない。これが至上命令である。決して、自分の利益を自分の努力が産んだ何て思っちゃいけない。お金を貯めてものを買ってはいけない。この精神は利己的に人間をふるまわせ。欲望のためにすべての嘘をつかせる。欲望だって嘘だ。あれが欲しい時、欲しくないといい、世間の目が怖い時、世間なんて怖くないといい、逆に逆に生きるんだ。そうじゃなくちゃ、私はどうも世間の中枢に入って世間を破壊してしまう。変人が別の場所に隔離されすのも、秩序のため。世間は実に恐ろしい。広告に騙されるし、人は平気で殺すし、自分の利益のために人を生かすのだから。それが正常な世界だと納得しなくちゃならない。どうも世界ってのは、秩序を持たせれば持たせるだけ秩序に反した汚染物質を大量に生産するようだ。日本は綺麗な街だ。小綺麗で吐き気がする。その裏で、どれだけの汚染物質が処理されているのか。汚い水は海へ流れる。雲となり雨となって飲み水になる。台風なんて自然と驚異。怒りだろう。金じゃ買えないね。そんな者があったらどうする。本音なんて誰も聞きたくない。誰も聞かないような言葉は、役に立たない。独り言は、誰も聞いちゃくれないような言葉の類だ。でも、確かに私の口から出てくる言葉だ。それを無駄だと思う精神よ。なんと不幸せな精神であろうか。記録がなくても記憶があれば十分だ。写真は記録のためじゃなくて、魅せるためにある。綺麗な写真も妙な構図もダメだ。記憶に残る写真でなくちゃ。僕は世間が嫌いだ。心の底から嫌いだ。警察を憎む心と犯罪人を憎む心は同じだ。犯罪を扱う陰陽で犯罪者と警察が分かれて追いかけっこだ。正義はない。ただ、犯罪があるだけだ。第二次大戦末期、アメリカが日本の政治の中枢部にとどめを刺した時、アメリカは日本人にとって次なるリーダーになったわけだ。世界で活躍する日本人。当の本人は国籍なんて、取るに足らないと思っている。テレビをみて笑う。テレビを見ている人の気持ちになる。テレビは感情教育だ。テレビが好きな人間は年収が少ない。テレビを見て自分の生活をお金に合わせて他人の感情で埋め合わせようとする。年収が多い人間は、一人の時間を好む。友達がいないからだ。それぞれ生き方である。さて、どう生きれば幸せか。金もあって友達があればいい。確かにそうだ。しかし、金のために友達を傷つけ、友達のために金を失う。どっちに行こうか迷わなくてもいい。どっちに行っても、最初から転んでいるんだ。つまずいているんだから。メンタリストにだいごってのがいる。7年間いじめられたらしい。いじめはチャンスらしい。成功者になれるチャンスらしい。あいてがどのカードを選ぶのかはわかっても、あいての心はわかっちゃいないのかもしれない。メンタルをあやつるには、あいてのメンタルに紐を結びつければいいのだ。そこに長けているのだ。そしたら、意のままに操られる。メンタリストってのは、相手のメンタルの完全なる拒否だ。変わろうとする人間がいる、変わりたくない人間がいる。変わりたくない人間は変わろうとする人間を恐れ、変わりたい人間は変わらない人間を見て不安に思う。変われないんじゃないかと。変わらない人間なんていないし、変わる人間もいない。変わるのは血液の流れだけだ。人間の認識はかわらない。裏も見て表も見てそして横から眺め斜めから見る。日に照らしたり、暗闇に置いてみたり。