人間は、他人の話を聞けない

 手に針が刺さってしまい血が流れた。

 せいかくに書けば、血は流れたのではなく、血がぷくっと丸く指の先にドーム型に膨れた。その一瞬の痛みを一体理解できるのは誰だ。案外、針仕事などしたことのない人間の想像が作り出す痛みの方がリアルでそれに悶え顔を歪め、苦しめもしよう。

 「人間は決して、他人の話を聞いたり、できたもんじゃない」

 自分は聞き上手だと自負したいならば、今すぐに針を指に突き刺してほしい。ためらうだろう。強さはどれくらいだろうか。ちっともわからない。だから、刺してほしい。針を指に。

 しかし。できない。命がいくつあっても足りない。

 痛みは、私が作り出す。世の中にたくさんころがるたくさんのお話。誰それが浮気した、結婚した、不倫した。誰それが殺された、殺された後山に埋められた、殺したやつは警察にしょっぴかれた。警察は取り調べて検察に送った。その後のことは知らない。次は天気だ。どこが晴れて、どこが雨で、どこが気温が高くて、そして、どこが災害にあっているのか。

 キリがない。命が持たない。だから、きめた。

 言葉を無力化しよう。

 これはつまり、人間は言葉の障壁を乗り越えようという画期的な企てだ。不倫なんて存在しない。不倫という言葉なんて嘘っぱちだ。男が女とセックスをした。それだけの話だ。

 言葉ではなく、動画で直接伝えよう、声色で直接にね。

 時代の断絶が始まりだろうか。しかし、古典は消え去らないだろう。人間の悩み、恋、喜び悲しみ全てのパターンを組み尽くさせて、できたロボット、ドラえもん。きみはちっとも悩まない。君がいるから、のび太がダメになると思った時ドラえもんは未来に帰ろうとする。のび太は、ドラえもんなんかいなくたってしっかりしていけると証明されるためにジャイアンにぼっこぼこの、くっそめっためたにされる。スネ夫には、ネッチネチ痛めつけられる。それでものび太は、立ち上がる。

 記事に言いたいことがあるなんて思えない。言いたいことなんてないからなんでも書ける。クソ記事の氾濫は自由な空間の必然的な成り行きだろう。どこを実らせていけばいいものだろうか。思想的な対立で国会は成り立ってはいかないだろう。思想的な対立、まるでそれは、自分の人生の肯定否定を相手に頼りあっているものたちの相互依存的な関係。敵と味方は同じ土俵を共に守り続けている運命共同体であり、秘密裏につながり合っている。

 外国人が必要だ。基準がほしい。別の基準がほしい。互いに別々の基準を持ち合って、この世界の相対性を認識する。安堵は相対的な世界の中に。不安と喜びは混在され消滅していく。

 嘘はつかない。ただ、真実が風化して嘘になるだけだ。嘘だなんて言わないでくれ。本当の嘘は僕がまるでずっとずっと前に僕と似た人間の言動に拘束されなくてはいけないという暗黙の社会的なあるいは個人的なルールこそ、虚構である。

 だから、殺人は永遠にお風呂に入れない赤まみれになっちゃうってことなんだよ。人を殺しちゃえば、最低でも5年は刑務所にぶちこまれるわけ。意味不明よ。自分ではない奴、他人の行為に、自分が拘束されるんだから。事件は必ず冤罪だ。殺人が起きた時にすぐに刑が執行されない限りね。こんな不自由はない。

 まあ、介護殺人は自由への道かもしれないけれど。しかし、自由なんて大したことはない。本当に。求めるほど自由の価値は下がり続ける。まるで空気のようにそこにあるのが、素晴らしいんだよ。

 わからないよね、わからないことがいいの。もし君の心臓が心拍数200になってみれば君は君自身が心臓を持っていることに気づくね。病気の時に健康のありがたみがわかる。呑んだくれている時に、飲まなければよかったと思う。

 存在の重さ。臓器の重さ。空気の重さ。

 存在しないことが、また存在しないと思い込むことがなんと素晴らしく人間を快活にするだろう。

 無責任とは自由の事だった。責任に意義を見出し人間を虚構に導こうとする全ての企てが腹立たしい。まるで、人から刺されても痛くもかゆくもありませんよ、なぜなら、もうあなたのお腹にはナイフが何本も突き刺さっているのにちっとも、痛がっちゃいなかったじゃありませんか、と。

 世の中に、君を説得するだけのテキストはいくらでも捨てられている。君の意見を汲み取った文章はいくらでもゴミ箱に散らばっている。グーグルが見つけてくれる。

 ただ、君は何が書けるんだ。それが、問題だ。君は、決して文字数稼ぎの堕落した文章には染まってくれるな。

 そんな願いも、ちっぽけで。届かない。

 どうせ君は、文章なんてちっとも愛していない、何も知らない、小遣い稼ぎの連中よりもなんにも書けないんだ。だから、君には資格がないのさ。書く資格も。だから、言われた通りに書こう。

 なんて、

 思わないでね。

 お願いよ。