アウトプット

丁寧に書く。

 なぜ君が何も書けないと悩んでいるのか君はわかっているのか。君は全く何も心に響いていないことを書くことで自分に嘘をついているんだ。俺は感じているんだってね。でも、実際は違った。ただのインポ野郎だったってことだ。嘆くな。インポは一時的でしかない。おんなじエロ画像で抜くために必要なのは何かわかるか?そうだ、妄想だ。一枚のおっぱいをきっかけに何枚もエロ画像を作る能力だよ。でも、現在は能力をインターネットの膨大なエロ画像が補ってくれている。汝、汝自身を知れとソクラテスが言ったのを忘れてはならない。私のためだけのエロ画像が本当の欲望ではないのか。ジャンル化されたエロ画像はビールの広告を見てヨダレを垂らす動物的態度と変わりがない。おっと、失礼。言葉は丁寧に使うべきだ。厳密な言葉の要求は常に創造的な態度を要求する。規制に脳みそが創造をという領域を拡大してくれる。規制は自己規制ではなく他者規制でなくてはいけない。自己による規制は、想像の領域を狭め貧しい一枚のエロ画像を何度も反復して欲情する機械的反応に自己を埋没させる。自己規制は硬直化した道徳や倫理と対応するのと同じだ。本来、道徳も倫理も非常に創造的であった。凡ゆる規制は注意の具体例を挙げることから始まる。我々はもう一度倫理や道徳を揉みほぐさなくてはいけない。あまりにも、決まり切った態度は非人間的である。それが今の日本の姿である。暴力的な力もなければ紳士淑女もいない!