アウトプット

相手の視点に立ってみよう

 空をトナカイが飛んでいた。ソリものせずに。とてもせわしなく青空を横切っていった。その後をサンタが走って追いかけていった。サンタも飛べるのか。そう思った。トナカイの行方はわかりかねる。テレビをつけてもニュースで取り上げていないのだ。今日見た光景は幻だったのか。私の頭はとうとう狂ってしまったのか。思い当たる節はいくらでもある。現実感覚がないので不安感がない。それを仏教的には超越だといってみたところで収まりがつかない。教えがある前に、私は人倫を重んじる日本社会に住んでいる。出る杭は打たれ。前習いができないとフグ車扱いの仲間たちに囲まれて、それでも笑みが溢れる世界に生きている。今朝の早朝見たトナカイは、朝靄の空を去っていったが、サンタと思しき人が黒い服を着ていた。ヒゲの白いのが黒字の服に生えていたのを覚えているからだ。うとうとそんなことを考えながらベッドに横になっているとインターフォンが鳴った。放送協会の銭取だろうと思って無視を決め込んでいたが、かれこれ一時間もインターフォンが鳴っている。恐怖に満ちた面持ちを浮かべて玄関に備え付けられた小さな丸いガラス戸を通して、外の様子を見てみるに、黒地に白ヒゲの男が立っていた。間違いなく、サンタだった、目は座っていて感情がない。

 「トナカイの行方はしりませんよ。第一、もやがすごくて見えませんでした。しかし、さすがですね、とても早い。一瞬で通り過ぎていったので、本当にどっちの方角へ行ったのか知りませんよ」

 玄関越しにあらん限り思いつくだけの返事をした。

 「君がトナカイだ。出てきたまえ。さっさと帰るぞ」

 白いヒゲの男の言葉に戦慄を覚えた。狂人だ。私はトナカイではなく人間だ。昨夜は女のベッドで眠っていた。女はトナカイだからうちに止めたのか。トナカイの毛皮の温もりを求めて彼女は家に泊めたのか。洗面所の鏡を見てみると顔から毛が生えていた。茶色い芝生のような毛が顔面を覆っている。私はやはりトナカイだったようだ。鏡に映る真実を否定するくらいなら受け入れて身をまかせるのを選んだ。

 「さあ、帰るぞ」

 行くあてもないトナカイの日常が変わる。思いに餅を箱ばされるのか知らないが、クリスマスイブに女の子とデートするのはまだずっと先になりそうだ。

 「今開けます」

 トナカイは玄関の扉を空けて、空を駆けていった。うっすらとかよわく光る星たちの中に溶けていったチョコレートの温もりを感じながら。