パソコンで文字を書くと無機質な感じになる。僕の字じゃないじゃないか。そこに人の血が通っていない。そんな文字を量産しておしゃべりして朝起きたら気持ち悪くて吐きそうになる。僕は病気だ。病に侵されている。治療法があるだろうか。テレビを見ないこと。ネットをしないことだろう。目の前のことをしないで、文字ばかり追っている。リアリティーがない。しかし、リアルなんていらない。リアルは常に覆い隠されているべきで。この時間も僕の体は動いているが、内臓の動きを感じるのは稀で、異常をきたしたとき痛みとして声を荒げ内臓が拡声デモを行い出す。ストライキを起こす。

 世界を見ていないから、ぼくは世について書く素材がないのだろう。僕の言っていた床屋さんが潰れてしまった。何か不吉。私が通ったところがことごとく潰れたというわけではないけれど、そういえば、この美容院は何年目ですかねと聞いたのが最後だった。風の噂によるとくだらない理由で潰れていた。オーナーの妻がビジネスを始めたがうまくいかず金に困り閉店したという。そこで働いていた美容師はバカな妻の夢のために犠牲になったのだ。貪欲さは迷惑をかける。アメリカ人は努力を知らない。忍耐も知らない。忍耐も努力も必要ない。気の流れを発揮するのがアメリカ人のいいところだ。命を燃焼させている。彼らこそ武士ではないか。ちまちまと実ない点数稼ぎの合言葉を必死に覚えて学生の頃はと過去を振り返りつまらない退屈な今を紛らわせようとする芸能人やそこらへんのおっさんは、武士でもなんでもない。百姓だ。もちろん風流でもない。風雅なところは微塵もない。一人悦に入って探究心はそこになく、塗りたくられた良い思い出を話しそれを聞いてもらうことで少しは人生の今の退屈、今の人生に対する消極的態度から見受けられる自己像を壊すきっかけになると思っているのだ。金があれば人は楽になる。金を使ってわざわざ苦労する奴もいる。いろんなやつを論じていればきりがない。書くべきことはたくさんあるだろうが、自分に関わりのあることについて書くのが一番の優先順位であろう。それに、私に関係のないことは書けやしない。他人の見た風景を懸けといわれるようなものだ。それはとても退屈で苦痛だ。