①論より論調 ②無意識の実現者 ③批判と反論 ④面倒

① 死ねと言われても、言い方によれば愛情さえ感じられる。しかし、歪んでいる。死ねと言われてもそう死ぬ気にはなれない。むしろ、相手の置かれた境遇を示す指標となる。かえって、気の毒に思う。

 

② 私の失敗は、周囲の期待に応えたものだった。太宰治の道化の精神もそうかもしれない。周囲の期待に応えたのにもっともらしく注意する人間に恐るべき嫌悪を感じる。そこまでくると、人間とすら思わないようになる。非人間化して社会に適合しているかのように見せかける道化。比べてみると皆歪んでいる。否、歪んでいたのだ。その歪みも見慣れたものになってしまったが。

 

③ 批判も批評も、動かない人間の理屈。何もしないでいるには、理由が必要だ。世の中は常に動く人間を量産する。「夢」だとか「努力」だとか、外側からも内側からも圧力をかける。それに疲弊しながらも、動くのをやめれば緩やかな死が用意されている。古代の人間に比べて、今の人間は魂がない。だから、私は古代にひかれる。現代展開される浮気は、マウンティングの結果。人がしたことのないことをしたい。自分のライバルがしていることを私もしてみたい。なぜ、奴がして、俺はダメなのだ。禁止こそ人を動かす。禁止は、人を行動にかきたてる。禁止とは優越感のなせる技だ。神には全てが許されている。禁止されていることはない。全てが許されている。全能感。不倫も浮気も外に出なければ、したことにならない。しかし、本人が意図しないところで滲み出ているもの。

 

④ 自分の面倒をみなくちゃならない。自分を甘やかすも自分を叱咤激励して自惚れるも勝手だ。傲慢ささえ、賞賛される。日本はダメだ。今の日本の空気はダメだ。つまらない。質の悪いアメリカ人と付き合った結果?!わからない。質の良し悪しは、寛容さとユーモアさだろう。しかし・・・限界もある。日本がダメなら、どこの国がいいんだ。国に良し悪しがあるのか。国こそ象徴的ではないか。天皇こそ実在しているじゃないか。憲法の良し悪しを言う前の疑問である。この国に癖があるのはわかる。形式張っている。嘘を本当に受け止めて、本当を嘘に受け止められなければ会話できない。この国の人間は、真実を求めちゃいない。真実を知ったふりするのが好きだ。経験なんて当てにしない。どれだけ従属したかの奴隷の遍歴が喜ばれる。そして、会社ごとに人間のコミュニケーションは分割される。すでに社会主義国家としてこの国は機能している。戦争は止んだ、武器で人は殺されない、しかし、退屈が人を殺す、病気が人を殺すまでの時間を用意する社会だ。病気に金を賭ける。賭博だ。死んでも自分に金は返ってこない。バカな制度だ。日本人なら皆がすれば、他の人間もする。仲間はずれが嫌で、そして、互いに信用しきっている。互いの信用が互いを束縛し、自由を互いに棚上げしている。どこの国だってそうだろうと考えるのが日本人の思考の傾向としてあるように思われる。それは、皆そうだろうというのと同じ回路だ。嘘でもいい、都合がよければ。本当でもいいよ、都合がよければ。都合が悪ければ、何をもってしてもダメ。なんと頑固な。この国は頑固で幼稚だ。子供が増えた。責任と叫ぶバカが増えた。大人が増えた。体だけたんまり太って、脳みそは空っぽ。サングラスにポマード。嗅覚の狂ったのが増えた。視覚は必要ない。広告の多さもひどい。いっそ日本語よ、私から去れ。現代日本語の可能性がネット記事に極小にある。曖昧なワードで検索した上位の記事の、広告感。息苦しさは、予測可能性と比例しているのか。今一度、自分を問えばいい。孤独な作業。時間もかかる、誰もしない。土曜日曜にそんな暇はない。おしゃべりしてたら日が暮れた。それがこの国のメンタリティだ。そういえば、アリスといいディズニーといい、この国の文学作品で非現実的世界へ向かうものの少なさよ。現実を土台に妄想を広げる人間の多さよ。ワンピースのエセ友達理論が気に入らない。今の漫画の糞の詰まった女の声優が、うんこしませーんと言わんばかりに嘘を貫き通してせせら笑い、ちぢれ毛の覆った黒い股を広げて喘ぐのを想像すると、そこに参加する自分の置かれた現在の不自由さと相まって、不快に感じる。今日の夢は恐ろしく私の無意識を素直に描写している。つまり、彼女は飯を食った。そして、私がもたもたしていると外に出ていった。彼女が私をせきたてるのを感じて、嫌な気持ちになった。私は金を払っている。願った、まだ、外では待っていると。違った。彼女の乗っているであろう宇宙戦艦ヤマトが動き出したのだ。私はせっかちだ、せっかちであるゆえに、歩きながら考える。しかし、彼女は慎重だ。考えて歩く。つまりは、新しい事実を認めない。今手元にある情報で生きる。サバイバル力に欠けるのだ。彼女は私の行動する姿を好きになったのだ。どうだ、今の私の行動力のなさを。まるで彼女の興味に合わせて、自分の気の赴くところへ行けば不機嫌な顔になる彼女を見たくなくて、私は、どこへも行けないのだ。責任を持って行きたいところを前もって聞けば彼女は困惑している。この繰り返しが私を苛立たせるのだ。そして、彼女は感謝を知らない。当たり前だと思っている。否、それを感謝なしでする事に意義を見出す。感謝をする相手を好きになれない。彼女は実に、利口だ。利益と周囲が崇めるものに飛びつくかと思えば、彼女なりのこだわりを持っている。そのところは、私は好きだ。彼女のこだわりを見たいのだ。しかし、彼女もそう人と違った感性を働かせて周囲の同調圧力に対抗して疲れるのも良くない。つまりは、解決なぞないのだ。一連の流れがある。その流れを新たにするには・・・。考えがつかない。つまり、今私は不自由を感じ学校へ行く意が将来の予測可能性の高さにより削がれているのだ。どうしようもなく。この部屋のカーテンから暖色の光が忍び込む。もし、私を元気にさせたいなら私の気持ちを察するのをやめていただきたい。私のすることを見ないでほしい。評価もして欲しくない。君は私を評価しないでくれるから私は君に何もかもしてあげたくなるのだ。いらないなら捨てればいい、ほしいなら言えばいい。しかし全てを買ってあげられない。お金がないからだ。お金がなくなれば食事ができない。体は痩せ細り、死に至る。死ねばいいと、君は言うかもしれない。怒りに任せて。しかし、私は思うのだ。それは大して悪い言葉じゃない。自分の無意識の体現者として死ねと言われたのだ。私は死にたがってもいるのは確かだからだ。この先の生活が不安だ。否、生活は不安ではない。この先の私の境遇と精神状態が不安である。それが生活にどう影響するのか、それを考えたときに生活、つまり、家庭が唯一の病床となりうる。この先を考えるのはアホらしいか?じゃ、何がいい。何がほしい。世の中は迫り来る。何も欲しくない。何もしたくない。自分と戯れている。どうか沈黙を!態度も沈黙を!全てにおいて、嘘らしい愛を叫び恥ずかしさの吊り橋効果でそれをほんまものと受け取り、愛だ愛だと叫んで何も感じられない愛が蔓延ることのないように。落ちていくのも幸せだよと、誰かが歌ったように。日に日に衰え行く二人は、落ちていく他ないじゃないか。筋トレしてマラソンして皇居で突然死をするのか。さて、世の中のいいところだけを切り取っては騒いで笑っては憂さ晴らし。なんという、人間らしさ。私は人間らしさに蔓延る嘘が嫌いで、人間らしさも一緒くたに嫌いなのだろうか。私自身、その人間性を利用して愛想笑いしそこそこの人間付き合いをし、楽しむとこは楽しんで愚痴を言える自分を楽しんでいる。楽しめと、要求される。誰がと。飼いならされた感性は、人探しをする。なんとまあ、おかしな世の中と、世の中をおかしいという一言をもっておかしいと感じられるほどに、おかしいという言葉に力を感じない活字中毒者の悩みは、語の感覚を失ったことからくる、行動による陶酔的状況の点火と、どっぷり活字にはまり煙草スパスパ長煙管に、粋に立て膝読書しか、ないのか。私の文章には、断定がかけていやしないか。