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論争

 大いなる批判を込めて私は文章を書こうじゃないか。いったい、私は誰からも愛されない。愛されたという実感がないのだ。其れは何故だか、教えてあげよう。君が人を愛した事がないからだよ。それは君の行いが悪いのだとは言わない。ただ、君自身が愛する機会に巡り会わなかっただけの話しなのだ。分かりきった事じゃないか。いつもチヤホヤされていちゃ、人を愛する事なんてできないよ。まして、人から愛される事なんてないね。ないってことはつまりはね、愛を君が感じ取れないということなんだよ。こんなに悲しい事はないね。いくらお金があってもね。愛ばかりの生活も本当は苦しいのかもしれない。僕は財産分配は反対だよ、金持ちが幸福だって認めるようなものじゃないか。金持ちは金持ちで不幸なんだよ。彼らは持っているお金のせいで、人を金でみるようになる。こんなに悲しい事はないと思うんだ。金持ちは金を使わなくちゃならないんだよ。もってちゃだめだ。卑しい人間になる。どうせ、お金がなくなってもそれなりに暮らせるのだ。いいからホームレスにさっさと家を与えればいいのに。政府はホームレスを野放しにする事で勤労者の不安を煽り納税させているのだから。ホームレスもホームレスだ、さっさと家に住め。これをホームレス批判だとなじるな。ならば、家を与えよなどというな。私はあえてホームレスを取り上げたのも、あまりに人々が無関心でいることがひとつの大きな力を働かせているからだと思うからだ。その辺にしておこう。

 私はいったい何を言っているんだ。何をしているんだ。何もする事はない。自己を見つめるにも悲しい自己は気持ちを発展させる事もなければ彼女達を喜ばせる為の努力もしない怠惰で卑しい人間に慣れ果てた。こんな私を私は許しはしない。今直に死んでしまえと思わないでもないのだ。ああ、いったい私は苦しめられてばかりじゃないか。こんな苦しい生活を私と私はふたりだけで暮らしていかなくちゃならないのだ。

 安心したまえ、君には恋人がいるじゃないか。君はその人に恋しているのか知らないけれど、君には確かに恋人がいるじゃないか。別れるのが辛い二人の恋人がね。

 はは、よしてくれ。笑うに笑えない。僕は苦しみしか味わっていないのだから。もっとましな環境で恋人ができればいいのに。しかし、それはそれで疲れ果てる事だろうよ。

 君はよくわかっている。

 わかってなんかいないさ。人が僕を褒めるときは挨拶だし、僕をけなすときは本気なんだ。そう僕は捉えてしまうんだよ。そう捉えてしまう僕と闘う事すらしないんだ。なぜならば、それを直覚したからにはそれを実感しなくちゃいけないからだ。彼なり彼女なりを描くのにその感性を捨ててしまえば、僕の書く彼女達はどこかできいたカノジョになるのだからね。

 全く君はぞっこんだよ。結婚も出来ないくせに、出来るかどうか分からないけれど、今の君の体力じゃ結婚までありつけそうもないというのに、むしろ、そのように考えるから結婚なんて考えるから結婚にありつけないという事が君は分かるか。

 僕自身君が書いているときにそう思ったよ。でも、納得できないんだ。僕には常識のつまらない思い込みに照らしてそれでもその場を立ち去る事のない囃し立てられた裸の王様しか信じられないんだ。信じる事ができないんだ。僕は不幸だよ。なぜなら、幸福を願っているからね。幸福を願うのは、幸福じゃないからだろ。

 本当に君は、めんどくさい人間だ。しかし、人間というのはめんどくさいものだ。めんどくささを忌み嫌えばろくでなしになるしかない。急がずに、ただ過ぎ去っていくのを待つだけだ。何かを追いかけるにしろ、遠回りになる事を心得ておくべきだな。また、その遠回りが良い思い出になる事もついでに覚えておくといいだろう。人生の近道は、つまりはただ近道なのであって、何も人生を堪能できちゃいないんだよ。堪能こそ人生だと君は思わないかい。

 思いたくないね。この先僕に起こるのはたいしていい事じゃなさそうなんだから。なぜなら、僕はあまりにいい事ばかり起こりすぎたし、その代わりにあまりに努力をしてきた。水の泡になっちゃったけれど。それを社会で有意義につかえるものではないけれど、柔軟な言葉を使う事に慣れてしまうようになったのだ。小林秀雄とあえたのも、その流れにいたからだろう。今を愛せれば、過去の僕は救われるというものだ。

 ついでに、君の書いているこの文章が誰かに受け入れられればなおさらのことだね。ほかに何を君はのぞむ?君が欲しいのは文章の賞賛だろう。そして、文章をさらに味わうための何かだろう。

 いかにも、しかし、僕は本当にどうだっていいんだ。嘘だって堂々とつくよ、笑顔の裏でどんなあくどい事だってしてしまいそうだよ。僕はなんてやつなんだ。いつもそう思いながら、平然と笑っているんだから。キチガイだとか頭がおかしいだとかいう人間は馬鹿だね。軒並みバカだね、ストイックの成れの果てが頑固じじいだよ。頭が可笑しいの貴様の方だ。人間は頭が可笑しいんだよそもそも。それがわかっていない、へんに耐えてきたから蔑むのだ。言ってみれば、蔑む事で自己を保ってもいるんだよ。そんな人間を僕はみにくいと思うんだ。

 いかにも、しかし、君は弱いよ。君の言葉は弱い。或る感興に取り憑かれた人間にとっては君の言葉は葉っぱを揺らせるだけだ。

 それでもかまわない、僕にはそのつもりがなくても僕の言葉がいつか憑き物が取れたときに、響いてくるからね。僕は経験的にそれを知っているのだ。

 君もなかなか陰湿だね。

 はは、なんとでもいってくれ。僕は陰湿だ。だからなんだっていうんだ。陰湿だとか朗らかだとか朗らかだとかねちっこいダとか、俺は女じゃないからそんな性格診断に付き合うのはごめんなんだ。

 そんなことをいうと、君は女の子の気持ちをつかみそこ練るんじゃないのか。

 そりゃそうだ、しかしだ、女は俺の気持ちを作り出して、それを取り出して眺めて遊ぶんだ。女ってのは、実に、男をどうだってできるんだ。

 ああ、分別なんてなくなればいいのに。

二人は夕日がてらうコンクリートを歩きながら話した。影は長く伸びて、踏切を自転車が通った。一体線路の幅はどのくらいあるのだろうか。線路脇に花束が手向けられ、春風に花弁が舞った。私は手紙を取り出した。私は僕にその手紙を手渡した。

「拝啓 あゆさま。 私は貴方の事をお慕い申し上げております。堅苦しい。僕は君が好きだ、好きでたまらないが、社会が私たちを断絶する。まあ、導入としては理解不能ではあるけれども堪忍して読んでくれ。読まなくたっていい、私は書いただけで結構満足する人間だから。続きだ。社会が僕たちの中を断絶する。しかし、そんな社会で僕たちは出会ったのだ。だから、恨んではいけないのだ。そもそも結婚が愛の結晶だなんていう時代に産まれたのが一つの悲劇なのだ。そして、一つの甘美な果実なのだ。なるほど、愛なしに結婚はできない。しかし、そもそも結婚なるものは制度であるのだ。愛し合えば結婚という流れにはならないのだ。社会での結婚といえばいいかもしれない。一度の結婚でいろいろなモノと結婚するのだ。社会だってそうだ。だから、僕は死んでしまいたいのだ。僕は一度だって社会を愛した事はないのだから。社会を愛する事は不誠実きわまりないのだ。憎しみという形を持っているのかもしれない、社会というやつは。だから、結婚して恨むのなら社会を恨んで僕を恨むのだけは間違っている。ああ、僕は。もう話す事をやめる」