「私」の死んだ時代

 見渡せば、いい空気じゃないか。人にたてつく人間も減り、過ごしやすくなった。親戚と縁側でうちわしながら食べる夏のスイカ。そんな時代じゃないか。「私」なんて死んじゃったね。どうしよう。お葬式。私ちゃんは、すごくアメリカとか西洋の文化を受け継ぐのに必死で自己主張を頑張ってしていたね。そのうち、本当の「私」を求めて、真理の追求に明け暮れ、それこそ乱読したね。哲学書を愛好していた。とても、自分勝手な奴で、そこが愛くるしくもあり、それに苦しめられもしていた。こだわりこそ「私」ちゃんの性分をしっかりあらわしていた。どうすればいいだろう。どうしたら「私」ちゃんは成仏するのだろう。恐らくは、恐らくは。そう、人間は答えを求めたがります。答えばかり、優先します。疑問は、ないほうがいいのです。「私」って?そんな疑問が持てたのは余裕があったからです。今は皆余裕がありません。不安がはびこります。すると、「私」ちゃんは休憩です。会えないのです。会いたくても。会えば、苦しいのです。「私」ちゃんは。なぜ辛いのか。みんなでタクシーに乗れば安いじゃありませんか。それと同じです。みんなと同じことをすれば安く済む。セックスも、遊びも趣味も。しかし、唯一バイクは違う。