どうでもいいなんて
「どうでもいいなんて投げやりになっちゃダメだよ。人間、投げやりになっちゃ押しましだから。もう君はダメだ。もう死ねば」
「ああ、そうだね。とは、ならんだろう。死ねばと言われて死ぬほどの気力もない」
「気力がないのが一番の問題だね」
「やる気なんか一切でないから、静かに生きている。それで十分かと問われれば、その問いさえ野暮に聞こえる」
「面白いこと言うんだね」
「そうだね。僕は健康を害しているから、少し元気になる必要がある。毎日ハイボールを飲んで楽しい夜を過ごしてる」
「悪いことじゃなさそうだね」
「いいことでもないよ、未来が怖くて仕方がないんだ。オートメーションに流されて、ロクでもない仕事を割り振られるんじゃないかってね」
「杞憂とも言い切れないな。みんながそういった前提で動いているからね。個人の考えじゃせいぜい、今ある現実と目の前の世界を描写して」
「やっぱり静かにいきることだね」
丸テーブルの上に置かれたティーカップは白かった。窓から差し込む日の光は、穏やかに部屋に満ちた。
「結局、ダメだったんだ。それは遠回りなのか、それとも道もなくなったのか、わからないけれど」
「道もなくなったのなら、もう生きてもいないね。さてさて、憂鬱と友達になって死んじゃいたいって、思うんだよ」
小さじでカップの砂糖を混ぜる。
「消えて消えて、皆に甘い思いをさせたい」
「ビターじゃない?結構。死ぬって、周りの人は嫌な気持ちだよ」
「僕の場合は、そうじゃない。切腹だな」
腹を斬るだけの刃物は用意できた。それだけの金ならある。
「介錯はどうするのよ」
小さじをかき回すのをやめた
「僕の精神がやってのけるさ」
僕は精神に全てを費やしてきた。神経は精神の物理だ。神経はなぜ動くのか、それが魂じゃなかろうか。形而下と形而上を繋げる考えだ。
「僕の精神が僕の首も刎ね飛ばす」
「でも、それって妄想だろ。できないだろ」
「できるさ。しかし、そのためには好きな人を傷つけたくないんだ」
「変なドラマをたくさん見たんだね」
「そうかもしれない」
店を出て、夕日の沈む並木の道を歩く。
「どうして死ぬなんていうの」
言葉の重みを感じて話している
「両親が俺を殺したがってるからさ。死ぬのが親孝行になる」
黙って歩いた。体はひどく疲れている。坂道を登るトラックが汚い。
「優しいのね」
俺はひどく優しいのかもしれない。皆金が欲しい。金があれば、人は必ず幸せになれる。その金を奪っているのは俺だ。幸せを人から奪ってるんだ。
「一緒に死のうよ」
私は後悔した。気持ちにすぐに染められるんだ。人を殺すのは嫌だ。しかも、死ぬ動機に自分が入り込んでいる。ところで、自分ってなんだ。
「バカいってる」
死ぬ気なんてない。言葉遊びを楽しんでるんだ。笑うとでも思ったのか。しかし、目が潤んでいる。潤んでいる・・・。
「こんな男でごめん」
俺はまた死にたくなった。両親のために、そして、こいつのために。
「変な世の中だよね。わざと喧嘩したり、言いたいことを言ったらおしまいで、社会の常識に生きて、もっと身をわきまえるべきじゃないかな。常識なんて、そうやすやす使えるもんじゃないよ。そして、社会の文句なんて言うもんじゃないよ。文句があるのなら、愚痴を言うんじゃなくて、社会に楯突かなくちゃ」
「でもね、みんな愚痴で満足してるんだよ。愚痴で。社会をいくら変えてみても愚痴は生まれるよ」
もっと深いところで人間は満足を得る。お金は社会的にも良い鏡を見せるだろう。鏡を壊さぬように借金漬けのこの国でいつまで鏡は割れないのだろうか」
「僕、やっぱり生きるよ」
車の行き交う大通りを歩いた。西日も沈んで街灯が転倒始めた。白い光が点々と道に沿っている。人生を忘れて初めて生きる。生きている実感を得る。生きていてよかった。痛くなければ、人はすぐ死ぬ。
「僕がファンタジーを書けば、暗いだろうね」
黙って歩いた。顔を見ることはできなかった。手のひらが暖かった。